【学生起業】イタリアから日本サッカーの変革に挑戦する大学生

海外進学

今回の先輩大図鑑は、社会人サッカーチーム「Funabashi United」の代表・浜口颯太さんにお話を伺いました。

新型コロナウイルスの感染が拡大した2020年。当時高校3年生だった浜口さんは社会人サッカーチーム「Funabashi United」の設立を決意します。2021年9月以降はイタリアの大学に進学し、現在はチームの代表とイタリアの大学に通う大学生、二足の草鞋を履いて活動しています。

今回のインタビューでは、「Funabashi United」設立の裏にあった思い、始動1年目を振り返った今の思いをお聞きしました(2021年11月時点)。

サッカーが好きな学生、スポーツチームの経営に興味のある学生、ぜひご覧ください。

Funabashi Unitedの設立

ばらばらになってしまった人をもう一度集めたい

―颯太くんは高校3年生だった2020年にFunabashi Unitedを設立したということだけど、そもそもどうして社会人サッカーチームを作ろうと思ったの?

いつかサッカーチームを持ちたいとは思っていたんです。僕自身も小さな頃からサッカーをしてきましたが、日本では中学・高校・大学を卒業するタイミングでサッカーやめてしまう選手が多いと感じていて…。サッカーを好きで始めた選手が、そういった節目でサッカーをやめなくても済むような環境を作りたいと思っていました。

 

―サッカー選手が学校卒業の節目でサッカーをやめなくて良い環境?

例えばヨーロッパには、5部、6部とも言えるような下部のリーグ(※)があるんです。観客の数は1000人とかなんですけど、でもすごく熱い地元のファンが応援にくるんです。1部2部みたいにたくさんお金をもらえるようなリーグじゃなくても、プロサッカー選手だったり、プロまでいかなくても試合でお金をもらえる選手がたくさんいます。

選手がサッカーを続けられる、地元の人たちが集まれる、そんな環境を作りたいです。

(※リーグ…特に運動競技において複数のチームによって構成される連盟。参加するチームは総当たり式に試合を行うリーグ戦を毎年戦っている。日本のプロサッカーリーグであるJリーグにはJ1(1部)、J2(2部)、J3(3部)がある。)

 

―そうだったんだ。でもどうして高校3年生の時に?

コロナで文化祭、体育祭ができなくなって、学校自体もない期間が何ヶ月かあって、そこで自分なりに考えたり、いろんな人と話したりする時間ができました。周りにはコロナが原因でサッカーから離れてしまった人、ばらばらになってしまった地域の人たちがたくさんいて、オンラインでいろんな人と話をしていく中で、何か大会やチームを作ろうと思ったんです。

 

―コロナの影響が大きかったんだね。

そうですね、逆にコロナがなかったら18、19歳のタイミングでチームを作ろうとか思ってなかったと思います。

コロナでばらばらになってしまったみんな(選手も地域の人も含めて)をもう一度集められるようにっていう意味を込めて、Funabashi Unitedなんです。

 

―そうだったんだ!サッカー選手のためだけではなくて、地域のために作ったチームなんだね。

サッカーってやっぱり選手が楽しむのはもちろん、見ている人も楽しむことができるスポーツですから。船橋はよくベッドタウンと言われるんですけど、実はサッカー好きが多い街でもあります。だからなおさら僕たちは、地域に応援されて、地域を盛り上げていくチームを目指しています。

船橋Unitedについてもっと知りたい方はこちら

▲フィールドでの浜口さん(右)

チーム始動から1年

やってみないとわからなかったこと

―いざチームを作ろうってなったところまではわかったのだけど、サッカーチームを作るってどういうことなの?想像がつかないかも…

よく聞かれるんですけど、形式上のチームを作ること自体はあまり難しいことではないです。ざっくり言うと、メンバーを集めて、ユニフォームを作って、サッカー協会に登録費を払ったら形としてのチームは出来上がります。

なので試合に出るだけであれば、メンバーを集められれば案外すぐに達成できることだと思います。僕にとってはそのあとのチームの色を作っていく部分が難しかったです。

―そうなんだ、全然知らなかった。

 

―ちょうど一年くらい?チームの活動を振り返ってみてどうですか?

結果の面で言うと、なかなか厳しい一年になってしまったというのが正直なところです。自分たちのチームは高校卒業の選手が多かったので、大学を卒業した選手とは身体の出来が違うことや、一つのチームとして目指す方向を揃え、その上で結果につなげる難しさを痛感しました。運営の面でもまだまだ力不足なところがありました。

 

―船を作るまでは簡単だったけど,出航してからが大変だったんだね

そうですね、すごい荒波でした。ただ言い換えると、やってみないとわからないことがしっかりわかった1年でした。全試合消化して、他のチームとの力の差だったり、チームの体制で欠けているところだったりを身をもって感じました。加えて、活動し続けたからこそ、地域の人たちにチームのことを知ってもらえるようになってきたと思っています。

来年一年間は競技力・運営力の両面において基盤をしっかり整える一年にしようと今動いているところです。

 

―次につながる学びがたくさんあったんだね。1年を振り返って楽しかったなとかやってよかったなって思った瞬間はあった?

やってよかったなって思ったのはやっぱり、この前シーズンが終わった時に選手から「1年間サッカーやってよかった、ありがとう」って言ってもらえたことです。結果としては難しい結果になってしまって、今年で終わりにするって言う選手もいて寂しい気持ちもあったけれど、そういう風に言ってもらった時、「やっぱり作ってよかったんだな」って感じました。

それからいろんな大人と関わることができたのもよかったなって思うところです。なかなか結果がでなかったんですけど、スポンサーを探していろんな方とお話させてもらいました。結局今年スポンサーになってくれるところは獲得出来なかったのですが、それでも話を聞いてくれた人はたくさんいました。また時期が来たら、そういう人たちとサッカーの話、チームの話ができるようになりたいって思っています。

▲浜口さん(中央奥)と選手たちの練習中の風景(1)

いろんな人とのつながり

―代表としてチームを立ち上げて、運営してきた中で、自分自身が得た学びは何かある?

人とのつながりっていうところは一番大きく学んだと思います。

選手はもちろんそうだし、一緒に動いてくれるスタッフ、ホームページ作ってくれた高校の同級生、ユニフォームを作ってくれた人、相手チームの選手・スタッフ、応援してくれる人…。いろんな立場のいろんな人がいて、その人たちのおかげで今に至ります。

 

―誰もやっていないことを1から全部自分で調べて、話を聞いて回って、人を集めて…ってその原動力はどこからくるの?「うまくいくのかな」とか「マイナスにならないかな」って考えてしまうことはないの?

どこからそんな風になったのかはわからないけれど、「やりたいことをやりたいと思った時にやろう」っていうのは意識していると思います。イタリアの大学に進学したのも、東京オリンピックの時にOBS(オリンピック放送機構)で働いた経験 も「やってみたい」と思ったからで、逆にそれ以上深く考えていなかったのかも。

「これやってマイナスにならないかな」ってちらっとよぎることはあるんですけど、でも基本的にやってみてから考えることが多いです。チーム設立に関しては、一緒に動いてくれる人がいたし、気づいたら引けないところまでいっていたのも正直あります。でも別に引く必要もなかったですしね。

―「思い立ったら吉日」っていう感じだね。

最後に

―最後にメッセージをお願いします

自分はここ1、2年、進路を決めたり、チームを立ち上げたり、「やりたいことは全部やろう」っていう風に思って動いてきました。大きな失敗をしたことはまだないけれど、失敗したらどうしようって思うことが全くなかったわけではありません。でも基本、失敗したらその時考えれば良いって思ってやってるので、何かやりたいことがあるのなら、全部挑戦してみてほしいなって思います。

って俺がこんなこと言っていいのかな?偉そうなことを言える立場じゃないんですけど、何かの参考になったら嬉しいです。

▲浜口さんと選手たちの練習中の風景(2)

いかがでしたでしょうか。サッカーチームの設立・運営に挑戦したり、海外の大学に進学を決めたり、オリンピックで働いたりと、自分がやってみたいことにまっすぐ挑戦する浜口さん。高校生は受験勉強をするもの、大学生は就職活動をするもの、と誰から言われたでもない「普通(?)」の中で生きていた筆者は、浜口さんの思考の自由さとフットワークの軽さにはっとさせられました。

この記事がみなさんにとっても「自分が本当にしたいことは何なのか」考えてみるきっかけになれば幸いです。

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