今回の先輩大図鑑は、大学2年生のうららさん。
大学受験で大きな挫折を経験したうららさんは、大学でのある出会いから、同じような苦しみを抱える高校生と対話をし、彼らの心の支えとなる活動をしていました。
一度は鬱状態に陥ったといううららさん。
どのようにして自己を肯定し、現在に至ったのでしょうか。
自分を受け入れられず悩んでしまっている学生さん、誰にも打ち明けられない悩みを抱え孤独な思いをしている学生さん、
ぜひうららさんの赤裸々な語りに耳を傾けてみてほしいです。
自己を肯定できなくなった高校時代。大学受験を経て鬱に
大学受験の失敗と鬱の始まり
高校3年生の2月末に人生が閉幕したんだよね笑。
2月の頭に、受験した5学部の合格発表が全て終わったんだけど、一つも受かってなくて。「受験ってこんなに残酷なのか」って、そのときから若干鬱っぽくなっちゃって。
冷静な思考もできなくなって、ご飯を食べても全然味がしなくて、精神的にすごく追い込まれてた。それから次第に、何も感じられなくなっちゃったの。感情というものを抱けなくなってしまった。
ー大学受験は相当ハードなものだったみたいだけど、自分が鬱だと自覚したのはいつ頃だったの?
分かったのは2020年の5月とか6月くらいかな…。大学で精神疾患とかの勉強して、高校3年生のときの自分とすごく似てると思ったんだ。だから当時は鬱だったって自覚は全くなかった。
▲自分の体が絡まってしまうクラゲ。
一人でぐちゃぐちゃしてしまう自分にどこか似ている。
勉強が全てだった高校時代
ー高校時代は受験についてどう考えていたの?
私の高校は「文武両道、全部頑張りましょう!」って言われてたけど、やっぱりなんだかんだ言って勉強のことはすごく言われてきたんだよね。
それで勉強が全てだと思ってた。
だから、とにかく必死だった。
他の人と自分を比べて、どんどん自分はダメだって思うようになっていった。
でも何か一つでいいから負けないものが欲しいと思って、英語に食らいついた。
分厚い単語帳とか買ってさ。うららすごいね、ってみんなに認められること、それにすがりついてた。
他の勉強は全く歯が立たなかったから。
勉強がとにかく大事だと思ってたな。
今思うと頭おかしいくらい。
勉強ができる=ヒエラルキー高いと思ってから、勉強ができない私は底辺にいるんだってずっと思ってたし、それでどんどん自己肯定感が下がっていった。
ー鬱になったのはいつ頃だったと思う?
高3の2月の下旬からかな…。
塾で同じクラスだった子たちも、高校の同じクラスの友達も、みんな偏差値の高い大学にどんどん受かっていて、本当に焦ってた。
さっきも言ったように、ひとつも合格をもらっていなかったから。
大学受験というゴールに向かって、小中高と必死に勉強してきたのに、この一番最後のゴールの前でずっこけて、今までの努力が全て水の泡になったと思った。
それから、これまでの自分の人生の全てを否定するようになった。
「もっと偏差値の低い高校に入学していたら、推薦で大学に入れたのに」とか、「中学受験してればもっと違った人生だったのに、どうして私の親は小学校から塾に入れてくれなかったの?」とか…。
いろいろな焦りをこれまでの人生や周りの人にぶつけまくってた。
この時は本当に「人生終わった」って思ってたよ。
その頃は毎日泣いてた。よくわからないけど、普通に過ごしてるだけで涙が出るようになって。
ずっと引きこもってて、頭がおかしくなりそうだったから、散歩に行こうと思って外に出るんだけど、急に何かが崩壊したかのようにわーって泣き出しちゃうの。
そんな毎日。
▲高校時代の散歩道から見上げた空。
理系大学の断念と再受験の決意
どんだけ泣いたって、どんだけ考えたって、合格がもらえるわけではないのはわかってた。
だからこそ、もう自分の力だけではどうにもできない、そんな苦しみの中に滞在してたわけよ(笑)
なんで自分が生きてるのか、その意味が全くわからなくなってしまって。
でも、それを見つけるために生きていくのもいいかもしれないと思うようになって、3月からでも受験できる大学を探してみたんだ。
そして、今私が通っている大学を見つけて、当時はそれほど興味なかったんだけど、受験することにした。
本当は、浪人しようと思ってた。自分が頑張ってきた「勉強」で認められたいと思った。
今の大学は文系科目だけで受けたんだけど、高校では理系の勉強をずっと頑張ってきたから、それで認められたかった。
でも、どの理系大学からも合格はもらえなかった…。
だから、浪人して理系大学を受験する気満々だったんだ。
でもやっぱり、もう1年頑張ることはできないと思った。精神的にきつすぎる…。
今からでも受験できる大学を探してみたら、文系科目でなら受験できる大学を見つけたの。それが今私が通っている大学。
入試は1週間後だったから、あと一週間だけ頑張るか、もう1年頑張るか、決断しなくてはならなかった。
もう頑張れるエネルギーなんてどこにもなかったんだけど、1年と1週間を比較したら後者しかないと思って。
迷った末に、今の大学を受験することに決めた。 3つくらい学科を受験して、全て合格したよ。
そこから少しずつ気持ちが上向きになっていったから、もう今では当時の自分に感謝してる。
合格後の葛藤
一応大学生になれるからいいかなって思ってたんだけど、4月にもすごく落ち込んだ時期があって。
私の学科の3分の2くらいの学生は推薦で入学していたの。
つまり、一般入試で入学した人は3分の1しかいなくて、さらに3月の入試で入ってきた人は私含めて2人しかいなかった。
「私は3月まで必死に頑張ったのに」ってとにかく辛くて。
大学に着いてもすぐに家に帰りたいと思うようになった。
だんだん教室までの廊下も歩けなくなって、一歩一歩足を出してなんとか教室までたどり着くような毎日だった。
「もしこれで教室に行けなかったら人生終わる」って思った笑。
入学式の日に、私はなんでこの大学に入学しちゃったんだろう?と思い始めてから、4月の半ばにはもう大学をやめようと思った。
毎日「今日こそ退学届をもらいに行こう」って思ってたけど、これで本当にやめてしまったらそれこそ本当に人生終わると思って、なんとか粘ったんだ。
初めて打ち明けた心の闇。暗闇に差し込んだ一筋の光
暗闇から彼女を救った”先輩”との出会いとNPO活動
そんなある日の5月、ある先輩に出会って、受験での経験やこれまでの話を全てしたのね。なぜかわからないけど、全く抵抗感もなく。
今まで、こんなドロドロした話は誰にもできなかった。
その先輩はこの話を全て聞いてくれて、同情ではなく共感してくれた。
「うららはそういう考え方をしてるけど、私はこう思ってるよ」って、聞くだけじゃなく意見もしっかり伝えてくれて。
こういう関わり方をしてくれる人は今までいなかった。
真剣に話を聞いて、一緒に考えてくれる人に出会えて、本当に嬉しかった。
この時に「あ、私はこの人に出会うためにこの大学に来たんだな」って思ったの。
だからこれまでしてきた選択も間違いじゃなかったんだって思えるようになって、そこから大学生活もどんどん上向きになっていったんだ。
その先輩の所属していたあるNPOで、いろいろな悩みを抱える高校生と対話をする活動があることを知ったんだ。
そこに所属する学生はみんな「自分の考え方はこれで、あなたの考え方はこれ」って分かっていた。
お互いを否定することはなく、ちゃんと受け止めるし、共感する。
みんな、今までで会ったことがないくらいい人だった。
「自分は自分で相手は相手」っていうのをお互いによくわかり合っていて、「あなたの考え方は、あなたの考え方。それはそれでいいと思うし、私も理解するね。でも実は私はこう言う考え方を持ってて。」っていうのを伝えてくれる。
NPO活動の価値への気づき
この活動を通して、実際にいろんな高校にお邪魔していくうちに、なんだろう、すごく、数年前の自分と同じだなって思う高校生に出会ったりするのよ。すごく自己肯定感が低い子たちがたくさんいて。
結構たくさんの高校生が、「勉強ができる=ヒエラルキー高い」と思ってて、勉強ができないから進路に不安しかないといった感じだった。冒頭でも話したように、私が高校生のときと全く同じ悩みを抱えていた。
私自身高校生のときにこういう場があって欲しかったなって思ってるから、こういう活動ってすごく価値あるものだなって感じたよ。
「感情を抱ける」喜び
▲「平和」を感じて撮った一枚。この川の水はいつ海に出るんだろうか…。
仲間たちとの対話を通じて、少しずつ自己肯定できるようになった。何も感じられなかった時期があるから、持ち直してからも、感情を感じることができるだけでも幸せだなって感じるようになった。
辛いとか苦しいとか、本当に極限まで行くとそれすらも感じられなくなるんだよね。
大学1年生の時は本当に忙しくて、片道2時間の通学も大変でレポートもバイトもたくさんあって、身体的にも精神的にも辛かった。でも、ふと、「これを辛いと感じられてるだけでも幸せじゃん」って思うようになった。
対義語ってあるじゃん、”好き”とか”嫌い”とか、反対の言葉。でも、この「反対」とはまた別のカテゴリーに、「対照」っていうのがあると思うのね。
“好き”の「対照」に、そういう感情すら抱かない”無関心”ってものがある。
どんなにネガティブな感情でも感じられるだけで幸せだなって思うようになった。
あのときは人間じゃなくなってたから(笑)
ああ生きてる、って感じ!
ー最後に一言、同じ悩みを抱えている学生へ、メッセージをお願いします!
「自分のことは嫌いでもいいから、自分のことを大切にしたほうがいい」ってことだと思う。
私にとって自分を大切にするっていうのは、好きな自分も嫌いな自分も、全てをひっくるめた自分の「存在を受容する」ってことだと思うのね。
自分のこういう性格が嫌いとか、こういうことができなくて嫌とかってどんな人にもあると思うんだよね。
ありきたりな言葉だけど、完璧な人間なんていないから(笑)
自分のことが嫌いでも、だからといって大切にできないのは、また違うな〜と思ってて。
好きか嫌いかと大切にできるかできないかは別の問題な気がするんだ。
私自身、前までは自分の弱みとかできないところばっか見えちゃって、自分のことなんて大っ嫌いだったけど、「(できない自分とか)それも含めて自分だよね」って自分自身に言えるようになってから、ずいぶんと楽になれた。
肩の荷が降りた感じ。人生の何を背負ってたのかって聞かれたらわかんないけど(笑)
今でも「わー失敗した…」とか「あの子はこんなことできるのに私は全くできてないじゃん」とか思って落ち込むことはある。
でも、そういうときこそ「それも含めて自分だよね」って言うようにしてる。
そうすることで自分のことをコントロールできるようになったし、強みを見つけられるようになったりもしたね。めっちゃ成長!(笑)
うつ状態から立ち上がり、同じ悩みを抱える高校生の心のよりどころとなったうららさん。
あっけらかんと語るうららさんの明るい表情からは、この壮絶な体験を想像することが難しいと感じるほどでした。
彼女を救ったのは、全てを受け止め、意見を尊重し、共に考えてくれる仲間の存在でした。そして今、うららさん自身が、同じ悩みを抱える高校生に寄り添い、救いの手を差し伸べています。
読者の皆さんの中にも、辛い経験をした方はたくさんいらっしゃると思います。その経験が、同じ悩みを抱えている誰かを救う鍵となるのかもしれません。
この記事が、皆さんが一歩を踏み出す「きっかけ」になると幸いです。
writer:あいり
コメント
[…] 筆者:私の友達は、大学受験で鬱になったんだよね。プレッシャーをかけれらすぎたんだと思う。志望した大学全て不合格で、周りのみんなが受かっている様子を見てどんどん追い詰められて行って。毎日泣いて、散歩の途中に突然堰を切ったように泣き出してしまうような、情緒不安定な日々がずっと続いたんだって。やがて「辛い」という感情さえも抱けない、無感情な状態になってしまった。(経験談はこちら→https://crews-clues.com/schoolife/) […]